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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)11665号 判決

原告

石塚節子

被告

日本生命保険相互会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、亡石塚和也(以下「亡和也」という、。)運転の足踏式自転車が踏切内に入り電車にはねられて死亡した事故(以下「本件事故」という。)につき、亡和也の妻である原告が、被告に対し、亡和也と被告間の生命保険契約に基づき、いわゆる災害死亡保険金の請求をした事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認定しうる事実も含む。)

1  被告の地位

被告は、保険業法によって設立した相互保険会社である。

2  保険契約の締結

亡和也は、被告との間で、後記事故の日を保険期間内とする左記生命保険契約(以下「本件生命保険契約」という。)を締結していた。

保険名称 ニッセイ終身保険(重点保障プラン)

被保険者 亡和也

保険金受取人 原告

契約日 昭和五九年七月六日

証券番号 三五〇―六七〇四一四九

保険契約期間 終身

払込終了 平成二二年七月

保険金額 終身(主契約)保険金 五〇〇万円

定期保険特約保険金 一六〇〇万円

災害割増特約保険金 五〇〇万円

傷害特約保険金 五〇〇万円

3  保険金の不払事由

(一) 災害割増特約保険金

災害割増特約一条一項は、同特約に基づく災害死亡保険金は、責任開始時以後に発生した不慮の事故を直接の原因として被保険者が保険期間中に死亡したときを支払事由として支払われるものであり、保険契約者または被保険者の故意または重大な過失により支払事由が生じたときは、支払われない旨規定している。

(二) 傷害特約保険金

傷害特約一条一項は、同特約に基づく災害死亡保険金は、責任開始時以後に発生した不慮の事故を直接の原因として被保険者が保険期間中に死亡したときを支払事由として支払われるものであり、保険契約者または被保険者の故意または重大な過失により支払事由が生じたときは、支払われない旨規定している。

4  事故の発生

亡和也は、平成一〇年二月九日午後三時二四分頃、大阪府泉南郡田尻町大字吉見五〇九番地先の南海本線吉見の里五号踏切で走行してきた南海電車の左前方に接触し、はねられ、まもなく死亡した。

5  保険金の不払い

原告が、被告に対し、本件保険契約に基づく保険金の支払を請求したところ、被告は、災害割増特約保険金五〇〇万円及び傷害特約保険金五〇〇万円については、本件事故が亡和也の重大な過失によるものであるとして、その支払を拒絶した。

二  争点

1  不慮の事故

(原告の主張)

本件は、亡和也が自転車に乗って電車に接触し、死亡したものであるから、外形的にみて鉄道事故にあたることは明らかである。保険金請求者は、外形的に鉄道事故であることを主張・立証すれば、「不慮の事故」の主張・立証としては十分である。

(被告の主張)

「不慮の事故」の主張・立証責任は、保険金請求者にある。本件事故は、亡和也が、警報機付きで遮断機が完全に降下している状態の踏切内に遮断機のわずかな隙間を押しのけて自転車に乗ったまま進入し、折から進行してきた電車にはねられ、死亡したというものである。

したがって、亡和也の死亡の結果は、亡和也の予知できない原因により、発生したものとはいえず、偶然性の要件を欠き、「不慮の事故」によるものということはできない。

2  亡和也の重過失

(被告の主張)

本件事故は、亡和也が、警報機付きで遮断機が完全に降下している状態の踏切内に遮断機のわずかな隙間を押しのけて自転車に乗ったまま進入し、折から進行してきた電車にはねられ、死亡したというものである。

右事故態様によれば、亡和也は、踏切に電車が接近していたことを認識しており、接触事故を回避すること(ブレーキをかけるとか、進路を横にずらすとか)が十分に可能であったにもかかわらず、これを怠ったのであって、少なくとも亡和也に重大な過失があることは明らかである。

仮に亡和也が回避行動をとることができなかったとすると、自転車に乗ること自体に重大な過失が存するというべきである。

(原告の主張)

亡和也は、自転車に乗ったまま硬直した状態で「あぶない、あぶない、止めてくれ」と呟きながら踏切内に入っていったのである。したがって、本件事故が亡和也の重過失によるものであるとは到底いえない。また、亡和也は、医師から自転車に乗ることの可否について明確な指示を受けておらず、また本件事故現場までは支障なく自転車で走行できたのであるから、自転車に乗ること自体が重過失であるとは到底いえない。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について

1  前記争いのない事実、証拠(甲六1ないし7、乙七、八1ないし4、一〇1、2、一一、証人明政健治)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪府泉南郡田尻町大字吉見五〇九番地先の南海本線吉見の里五号踏切(以下「本件踏切」という。)内である。本件事故現場手前の道路は、片側一車線のほぼ平坦な直線路(以下「本件道路」という。)であり、その幅員は約六・五ないし七メートルである。道路の両側は田畑となっている。本件踏切は、両側から遮断機が降りる構造になっており、遮断機が降りてもその真ん中には九センチメートル程度の隙間ができるようになっていた。

本件事故直前の平成一〇年二月九日午後三時二二分五秒頃、本件踏切の警報機が鳴り始め、その六秒後には遮断機が降下し始めた。訴外明政健治は、軽四自動車(以下「明政車両」という。)を運転して本件踏切付近にさしかかったが、警報機が鳴り始めたので停止線のあたりで中央線寄りに停車していたところ、右後方から声が間こえた。亡和也は、肘を張って肩をいからせるような格好で自転車に乗って本件道路の中央線のあたりを走行し、「危ない。止まらへん。どないしよう。」という趣旨の言葉を発しながら、明政車両のすぐ横(手を伸ばせば届くくらいの距離)を通りすぎ、そのまま道路の中央付近を本件踏切に向かってぐらぐらすることもなく真っ直ぐ進んでいき、午後三時二四分頃、遮断機を押しのける形で本件踏切内に入り込み、走行してきた南海電車の前面左下部と衝突し、はね飛ばされて死亡した。明政車両の左側には、通行人等はいなかった。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実に照らすと、本件事故が偶発的な事故であると認めることはできない。これに対し、原告は、亡和也は、頸椎後縦靭帯骨化症により入院し、退院した直後も身体機能が十分に快復していなかったため、体が硬直した状態で自転車の進行を止めることができず、パニック状態に陥り、本件踏切に入ってしまったものと考えられるという趣旨の主張をする。しかしながら、〈1〉明政車両の左側が空いているのに、亡和也はわざわざ中央線付近を走行していること、〈2〉自転車は、二輪であるから、安定性に欠ける乗り物であって、運転者の体の自由が効かなくなれば、そのまま真っ直ぐ進行するとは考えがたく、むしろ左右に傾いたりあるいは転倒すると考えられること、〈3〉仮に握力が効かなくなるとしても、体重を左右に若干ずらすことによって地面に足をつくなり、遮断機にぶつかるなどして極めて容易に本件事故を回避することができたと考えられるにもかかわらず、このような措置を講じていないこと、〈4〉狭い遮断機の隙間を通り抜けていることからすると、原告の右主張には看過しがたい疑問があるといわざるを得ない。

なお、原告は、「不慮の事故」の主張・立証責任につき、保険金請求者としては、外形的に鉄道事故であることを主張・立証すれば足りると主張するが、約款の規定上、災害割増特約保険金及び傷害特約保険金に関しては、保険金請求者側で事故が偶発的なものであることを主張・立証する必要があると解するのが相当である(この点、通常の死亡保険金に関する故意免責の問題とは異なる。)。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

二  結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

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